Where is my...



 「きゅぃぃぃぃん……」

 小声で、つぶやいた。お父さんに、お母さんに、聞こえないように。
(もっとこう…上にあげないといけないよね。)
そして、両手で支えた背中の白いものを腰から首に向かって押し上げる。
(違うんだよ、おんぶとは…)
そう心の中でつぶやくと、幾ばくか心が高揚した気がした。そう、違う。やっと何ヶ月か前に、僕にもようやくできた従兄弟をおぶるのとは。

 「きゅぃぃぃぃぃぃぃぃん……」

 また、つぶやいた。小さく、そしてさっきより少し長く。
(違うな、もっとこう…フタがカパーッて開くんだよな)
左腕で背中の白いものの下端を包み込んで、右手を放した。少しだけ、白いものの表面をまさぐって、触るべき場所を見つける。

 カパッ!
「きゅぃぃぃぃぃぃぃぃん……!」

 そのまま、顔を伏せた。目を閉じた。それでも、熱いものは溢れてきた。
(CD…回ってないし……これじゃビームライフルも持てないし、ボムも投げられない!)ズーッ!と音を立てて、鼻をすすってしまった。聞こえてしまうかもしれないと思って動揺する間にも、熱いものの流れは止まらず、ぐちゃぐちゃに顔を汚しているのがわかった。堪えきれなかった。背中の白いものを胸の前に持ってきて、抱きしめた。思いっきり力を込めて、壊してしまいたかった。でもそれははばかられた。もったいないから。それに、お父さんに、お母さんに、何て言われるかわからないから。ただ、みじめだった。



 「お前なぁ、いくら嬉しいからって添い寝するなよ!寝返りうったらせっかくのサターンが潰れちまうぞ?このやろう!」
お父さんは、白いものを抱いたまま横たわっていた僕の頭をくしゃくしゃになで回しながらそう言った。溢れんばかりの笑みをたたえたその顔を、僕はただポカンとして見つめるだけだった。
「サンタさんにちゃんとお礼をしないとね」
遠く…台所かな?…から、お母さんの声も聞こえた。



 「♪ふんふふんふんふーんふふんふふふーん、ふふふふーん、ふーん」
何ヶ月もしなくなっていたけど、また最近、宿題が終わったよ、とお母さんに語りかけに台所に行くのが僕の日課になっていた。そのとき母が口ずさんでいたのは、とても聞き覚えのあるメロディだった。
「何回も聞いてるから覚えちゃった」
お母さんは、聞いてもいないのに僕に言った。僕は、ハハッ…と笑って見せて、部屋に戻った。無理もない。うちは狭くて古いアパートで、玄関以外にドアなんて便利なものはないんだから。ふすまはあるけれど、夜以外にそれを閉めるのは不自然なのが「うち」だった。
 おおよそ自分のものと言えるのかあやしい部屋に戻った僕は、ジリジリという音を何十回と聞いた。その後、青い空と、その下で上下に肩を揺らす人型が表れ、意味のわからない声の後、お母さんの口ずさんでいたメロディが流れはじめた。キュィィィィィィン、という甲高い音と共に。



 お風呂場の前で上着を脱いだ僕は、ふと違和感を感じた。においが、違う。重くて苦いような…煙くささがしない。服を脱いで、お風呂場に入る。その間、何度も言葉が頭に浮かんだ。
(先輩たち、どうしてるかな…)
ふと、思った。どうして僕はあそこに行かなくなってしまったのだろう。
『これな、ロボット適正テストなんだぜ』
『実はゲームに見せかけて、兵士を探してるんだよ』
『上手いとお誘いが来るらしいぜ。ホンモノのロボットに乗って戦って下さい!って』
僕より一足早く、詰め襟の学生服に身を包むことになった先輩たち。その中でもひと味違う、モテそうな顔のあの人が、そう言ってニヤリと笑ったのを思い出した。
『ふおぉぉぉぉぅ!イェェェィ!』
その先輩の操る赤くて鈍重そうなロボットが、水色の太い柱を放ち、僕の操る青と白の人型が宙に舞う姿が浮かんだ。
(先輩、僕にウソついてたの…?)
それはここ最近何度か思ったことだったけど、なぜだかあまり実感が湧かなかった。
(ああ、また…来た…)
そのことを考えるたび、頭の中に流れる映像があった。水色の柱に吹き飛ばされ動けなくなった僕のロボットに、赤いロボットが近づいてくる。近づくとだんだん見えてくる。それは赤い帽子をかぶり、白いヒゲをはやして、大きな白い袋を担いでいる。それは僕の目の前で立ち止まって、袋からあるものを取り出し、僕に見せつける。それは…
『…セガサターン。へっ、お前知らねぇのか?』



 暗闇が、あった。顔を左上に動かす。目覚まし時計の蓄光の針は、23時を過ぎていることを示していた。
「……っかり…いこになって…かるわ。…たさんのおか…」
「フンッ、そうなってくれなきゃ困るぜ」
お父さんの声は大きく、明瞭に聞き取れた。お母さんの声は聞き取りづらかったけど、だいたいわかる。おそらく、『すっかりいい子になってくれて助かるわ。サンタさんのおかげね』と言っているのだろう。僕は頭を枕に戻して、動かずに聞き耳を立てた。
「だいたい、家でできるもん出すならなんで最初から出さねぇんだか。ロクでもねぇな。セガだか何だか知らねぇが、作ったヤツぶん殴ってやりてぇよ」







 (ひゃくねんいきてうちゅうでしにたい…!?)
『2010年7月7日 20:39:21 webから』とある。ふと、流れていたBGMが変わる。
(緑バッヂか…。ご新規さんは歓迎するぜ…!)
カチカチッ、カチッ…メカニカルな音が、もてあまし気味の部屋に響く。
「おらぁっ!」
声を出した。一人だけれど。…一人だから?いや、違う。一人でも、だ。
『ランクマ中断。夕食なう。』
そう打ち込んで、コンビニ弁当をむさぼる。視線は、パソコンのモニタから離さない。
 (残された問題は…今晩のサッカーの試合を観るかどうか…?)
『2010年7月7日 20:56:35 webから』のツイートを見て、思わずひとりごちる。
「ドクター、無理すんなよ…。……逝っちゃったらあの世で親父に殴られちまう…」
雑誌記事で目にしたドクターと、親父の顔を並べて思い描く。親父は頭がいい方じゃないからドクターには合わないだろうと考えつつも、俺の頭の中はドクターと親父が笑顔で呑み交わしている図でいっぱいだ。
(そういえば、OMGの想い出を延々とリツイートがどうたらこうたらってのがあったな…)
『ガキのクセにハマってゲーセン通いしてしまい、親父が開発者殴ってやるなんて言い出す始末でした。俺はハマったことに後悔してませんが、ドクターが殴られるのは勘弁!ドクター死なないでね!』
そう打ち込み、再び弁当を食べようとした。が…
findenS6 @ToroSaturn ……そろそろパーティー来ないとドクターが危ないよ?』
milnaOl4 @ToroSaturn ドクターなぐるな!そんなトロはみるながきゅんきゅんにして爆発させてやる!w』
俺にリプライのツイートをしてきたのは、タバコ臭いところに行かなくてもできた、同じゲームを愛する仲間だ。…ときどき、行くけれども。

(戦友…)

そんな言葉を連想して、なんだかこそばゆい感じを覚えつつ、『お前らwww』と書き込もうとしたところ、つけっぱなしのテレビからピコン!と音が鳴った。

『Santa 502 H8さんからパーティーの招待が届きました』





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