Hello,World



 外でいくら雪が降り積もろうと、私には関係のないことだった。雪をかこうがかくまいが、外を歩けば濡れるのだ。どうせ同じ濡れるなら、足という足で蹴散らし、踏み固め歩いた方が爽快ではないか。だから私には関係ない。

 ところが、次第にそうも思えなくなってきた。むしろより多く降り積もることを望む心持ちになってきたのは、目の前に積まれた年賀葉書を書くという仕事が、あまりにも冗長で退屈だったからだ。大半は、さほど親交がなくとも礼儀上差し出さねばならぬ人へ宛てるものである。すると、どういった挨拶をしていいものかに窮するもので、自然と灰皿には山が築かれていくのであった。

 そのうちタバコをまずく感じるようになり、苦しくなった。なぜこんな人たちのためにこんなに頭を悩ませなければならないのだろうか。そもそも、なぜ私が金を出して年賀葉書なぞを買って、彼らにくじを与えなければならないのだろうか。馬鹿馬鹿しいことこの上ない。

 頭はカッカして熱いが、体は冷えるので風呂に入った。冷静になったつもりだが、よりへそは曲がった。こんなうっぷんを雪に当たって晴らそうというのも滑稽だ。わざわざムシャクシャしながら書いて明日そうするくらいなら、元日に届くことなど諦めてだらだらと書いてやれば良いだろう。それと、来年使う分まで今年の年賀葉書を買い貯めてやろう。意気揚々とくじが当たったと郵便局に持って行ってみろ、お客さんこれは去年のです、と笑われるがよかろう。

 何と言っているかまで聞き取れないが、どうやら来客らしき声がする。しかし私は構わない。風呂にいたので聞こえなかったと言えばいいのだ。誰もその真偽など知ろうとも疑おうともしないのだから。

 かくして私はゆっくりしてから風呂を出たが、まだ来客はいるようだったので玄関に出た。戸を開けると女がいた。

「こんばんは。お忙しいところでしたか。」
「いえ、暇にしてまして。」
「そうでしたか。お呼びしてもなかなか出てらっしゃらないようだったので。」
「ああ、なるほど。実は風呂に入っていたもので。まあこんなところではお寒いですから、中へどうぞ。」

女は、居間に通してやると、いそいそと外套を脱ぎはじめた。

「雪で濡れたでしょう。ハンガーにかけておきますよ。」
「ありがとう。」

その外套は、手にとってはじめて薄く汚れているのがわかった。

「随分たくさんありますわね、年賀葉書。」
「面倒で仕方ありませんよ。」
「パソコンで作らないんですか。」
「どうもそれでは無味乾燥でして。手書きの方が心がこもるでしょう。」

私はそう言って何か変な感じがしたが、考えなかった。

「そうですね。どころで、パソコンなんですけど。」
「ええ。」
「あたし携帯電話を持つことにしたんです。それで、電子メールが使えるんですけど、なかなか周りに使っている人もおりませんから。」
「なるほど。私でよければお相手しましょう。」
「ありがとうございます。」

 私はパソコンを立ち上げて、彼女が示したメールアドレスに電子メールを送信してみた。ほどなくして携帯電話から呼び出しの音が鳴った。

「携帯電話は届くとすぐにわかるんですか。」
「そうみたいですね。あなたがパソコンの前にいるのがすぐわかるんですね。」

 彼女が去ってからいくらかあ経ち、パソコンを立ち上げると電子メールが届いていた。

今、家に帰り着きました。
雪が大粒でした。明日は積もりそうですね。
今日はありがとうございました。

返信を書いた。

いえいえ、ろくにお構いもできませんで。
夜中には雪は止んで、明日は晴れるという予報でした。
道が凍ることになりそうですね。
外を歩くときはお気をつけて。

すると、三分もたたずにその返信が来た。

 また返信を書いた。

 また返信が来た。

 何度も何度もそれを繰り返した。まるで会話のようだった。挨拶も書かずに書きはじめ、挨拶も書かずに結ぶやりとりをするのは初めてだった。私は次第に高揚感を覚えていた。

 繰り返されるほど、文面は陳腐なことばかり書かれるようになった。爪を切ったとか、手荒れを防ぐクリームを塗ったとか…あれをした、これをした、と生活を実況したようなものばかり送られてきた。適当に同情してやるのが精一杯だった。

 夜も更けると、さすがに「おやすみなさい」が送られてきた。こちらも「おやすみなさい」を返して、それぎりになった。

 落ちつかずに数時間を過ごした。あと何時間で朝だろう。まだパソコンの前にいた。

独りで眠れずにいると、考えてしまうことがあります。
死んだら自分はどうなるのだろう、ということです。
プツリと途切れて何も無くなってしまうのか。
それとも永遠に続くのか。
どちらにせよ、怖いのです。
今、生きていることさえ恐ろしく思うほどです。
居ても立ってもいられません。どうすればいいのでしょう。

こう書いて送信した。即座にパソコンの電源を落とした。

 返信は来なかった。しかし数日後また彼女がやってきて、そのことを謝罪した。バッグを腹に抱え込んでうずくまり号泣する姿は、強盗に襲われているかのようであった。どうにも腑に落ちる気はしなかった。それでもとにかくなだめなければと思ったが、彼女の視線はバッグに注がれるばかりで、言葉をかけるのが精一杯だった。

 それなら彼女に触れるべきだろうかという思いがふと浮かんだ。もちろん、拒絶されるのでは、という怖さがあった。だがそれ以上に、よしんば受け入れられたとしてもそれは幸せにはなり得ないのではないかと思った。





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