3月 22, 2009
tronmc

映画:DVD版「ヱヴァンゲリヲン 新劇場版:序 1.01」

個人的に見ていなかったのでそろそろ見るか、ということでレンタルしてきた「ヱヴァンゲリヲン 新劇場版:序」。
…いやぁ、なんというか…ねぇ。良いとも悪いとも言えない。

まず、褒めよう。よくやった。がんばった制作陣。
既存のものを新時代用にリテイク、という意味では新訳Zガンダム劇場版を遥かに超えている(比べること自体間違い?)

特筆すべきはものすごい映像的進化。
意外とどうでもいい部分がCG多様でかなり凝った作りになっていて、そこが無視できない。どうでもいい使徒に効かない通常兵器とか、東京市、ネルフのメカニズム、あとは伊吹マヤ他二名(名前忘れた)がオペレートするときのエヴァのシステム状況表示とかすごい。
使徒もサキエル以外は動きのディテールが追加されていて、いい意味でかなりキモい。ラミエルに至ってはここまでやるかというほどの変形が追加されていて、度肝を抜かれた。
ただサキエルだけ残念、ということはない。DVDっていうフォーマットとハイビジョンブラウン管で見たので、なんというか、フォーマットとハードが暗部を表現しきれなかっただけなのかもしれないけど、サキエルとの戦闘時のエヴァの描写がおもしろい。舞台は夜(?)の暗闇の中で初号機が暴走するんだけど、初号機の緑のカラー部分だけ蓄光かのようにハッキリ見えるけど、機体の姿としては闇で真っ黒、シルエットしか見えねぇ、と。これが暴走という「わけわからない」事態をより一層「わけわからない」ものとして引き立たせている感じがあって、感心。

そして、このように凝ってる(=見せる時間が割かれている)部分とか、尺の都合もあってか、セリフとか内面描写っていう部分についてはかなり減っていると思う。けれどその分相応の重みが適度に乗る感じになっているから、(旧来のファンとかは深読みしていくと思うけど)テレビ版に比べれば内面描写による不思議さはけっこう解消されたのかな、と。
ということで、単純にエンターテイメントとして楽しめる、という部分がかなり大きくなっていると思う。これはいいことだ。

ただ、個人的には最近1stガンダムを見なおして、それからあまり時間を置かずにこれを見た。
これは…う~ん…というところがある。失敗かもしれないし成功かもしれない。良いとも悪いとも言えないって書いたのはこの部分。

「比較」をしてしまうから。
極端でうがった見方をすれば、アムロにせよシンジにせよ「内向的」という共通項で語ることはできるんだけど、その方向性の違いがものすごく心に残る。(というかもしかするとアムロにはもう「内向的」という表現は相応しくないかもしれない)
例えばアムロならガンダム、シンジならエヴァに初めて乗るときの行動。
二つを見たことで、
「未曾有の敵性者が自分や周囲を混乱させている状況で、自分がそれに対抗する力を手に入れたとき、人はどうあるべきか(どうなるのか)」
という命題が自分の中に生まれた。
アムロにはたまたまガンダムのマニュアルを拾って、自分が機械ヲタだから理解できる、というアドバンテージがあるけど、事態に対して積極的に行動していき、結果ガンダムに乗る。作品としても混乱に対する描写に時間が割かれているから、ジリジリ感の高まりがあるので、アムロがガンダムに乗るのは割と自然というか、見る側としてもすんなり入っていける。
対してシンジは、ハナっから真っ向否定。アムロのように機械ヲタだからという点はないとはいえ、エヴァのことは「わからない」。けどゲンドウは「説明を受けろ」と言っている。つまり、アムロと違って「絶対無理じゃんこんなん」って状況でもないのに、過剰に拒否反応をする(描く)ところには少し違和感を覚える。ミサトに連れられてネルフに入る時点…つまりエヴァを見る以前ではそういう拒否反応がなく、普通な感じだから、余計に。
結局綾波の惨状を見て乗る決意はする。

だが、アムロとの対比を抜きにしても、シンジが過剰な拒否反応をするくだりは「ヱヴァンゲリヲン 新劇場版:序」という作品の中でも一番の悪いところではないかと思う。
「この映画っておもしろい?」と尋ねられたらフィフティーフィフティーと答えると思うけど、おもしろくない部分のフィフティーの99.89%はここだと思ってる。

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