9月 2, 2011
tronmc

終わったので振り返る「仮面ライダーオーズ」

オーズをどういう言う前に、まず前作のダブルが、おおよそ仮面ライダーらしくないほど、佇まいの良い作品だったということは書いておかないといけない。
例えば、末永くドル箱になるとか、愛玩されるものを作ることができたか、という側面で見ると、劇場で息長く活躍している電王や、それに登場するイマジンたちには敵わない。だが、アクション、ギミック、デザイン、ストーリー等々、とにかくどの分野においてもバランスが良い。オーズが終わった今、余計にそう感じる。

先に電王を例示したが、オーズもそれに近い。変身フォームの”性格”を生かし、ホモソーシャルで魅せる部分にそれが顕著だ。とくに後者はダブルの影響からか、「二人」を強調するものになっており、次作のフォーゼも同じ構造が予想される。同じような(サブカルの)世界だとタイガー&バニーが今のホットトピックだが、このあたりはなかなか堅実だ。

ただ、電王と違って意欲的な部分であり、ほころびを生んだ部分でもあるのが、オーズ(=その作中世界の仮面ライダー)及びその変身ガジェットであるオーメダルの出自について踏み込んだところ。
電王では、電王とゼロノス、そして時の列車だが、ここに触れないことで、概念ごと疑念をすっ飛ばしてしまえていた。強いて言えば、本編ではゼロノスと桜井侑斗(青年)絡みがあやしいが、最終的には「気にするな!」と言わんばかりの展開になっている。
そもそもオーズは、その部分に踏み込むことで話を回しているというか、その部分が巻き起こす騒動の話と言えるのだが、終盤それをきちんと落とし込むところに落としきれなかったという印象だ。序盤から中盤は、コンボ(フォーム)や派生形態など、ガジェットを使うとこうなりますよ、という表面的なところを使って話が作られており、まずまず安定していた。コンボが出尽くした終盤からはシステムの出自、性質を使って話が作られていったが、少なくとも自分は、きちんとした背景、方向性を感じられなかったし、よくわからないまま理論付けがされていたようにも感じる。

明るく楽しむ娯楽としては、最後はグリードもメダルも片付いたし、アンクといっしょにタジャドルでヨカッタネ、というところなのだが、終盤のめまぐるしさ、簡単に言うとワイリーステージ感のハンパなさは否めず、それを踏まえるといい終わり方ではなかった。もっとも、いい終わり方をすると、悪者(ドクター真木)のセリフ通りになってしまうので、オーズは美しく終わってはいけないのだろう(苦笑)。
ひょっとすると、この少しモヤッとするような終わりは、視聴者の意識にきっちり幕を引かないためのものなのかもしれない。事実、映画版はここまで一貫してパラレル進行ながら、本編ではメダル壊滅、という状態でMOVIE大戦が待っており、そこらへん細かいことで騒がないためにも、ゴチャゴチャで終わるくらいがちょうどいいのかもしれない。

しかしながら、飽きない仕掛けには事欠かなかった一作ではないだろうか。最たるものはコンボ、派生形態の豊富さで、当初は出るたびにスケジュール等(違う要因とはいえ、以前響鬼の件があっただけに…)、製作側は大丈夫か?とビクビクしていたが、今となっては何の不安感もない。ダブルの下支えもあるとは思うが、本作も玩具ではかなりの結果を出しているようなので、フォーゼにも、オーズに負けないリッチな作りを期待したい。

関係ないけど、作中の物量に対して、商品ラインナップとしてのセルメダル玩具が最後まで圧倒的に足りない印象。ガンバライドでも使えなくなるので望みは薄いと思うが、もうちょい放出してくれないもんかなぁ。

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