9月 9, 2011
tronmc

カレーはどのようにロギングされるべきか?

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年中エイプリルフールのようだ。
「かれろぐ」というものがなんなのかわからない。彼氏にしても加齢にしてもジョークじみていると感じるが、「カレー」だったら需要はあるのではないだろうか?それに応えたのかどうかはわからないが、WindowsPhone7のマーケットプレイスで、「カレーログ」というアプリが公開されており、カレー好きの一人として、早速使用してみた。

結論から言うと、このアプリもジョークなのだが、このジョークはなかなか考えさせられる。

 

●アプリ自体は真剣なのかジョークなのかわからない

冒頭の写真は、マーケットプレイスでの「カレーログ」アプリのプレビューとして掲載されているものだ。使用すると、こういうイメージになるそうだ。
英語なのでわかりづらいが、イメージの通り、このアプリでは店名、住所、日時、メモが記載可能。住所はGPS等で現在地を取得して自動入力が可能。また、端末で撮ったもの等の画像が紐付けでき、満足度が五つ星で採点できる……とまぁここまではいいのだが、それ以上のことは何もない。編集したものはイメージの通り一覧表示できるが、本当にそれだけ。

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入れた個別ログは、このように閲覧可能だ。これは申し訳程度に家で作ったカレーの情報を入力したものだが、どうだろう?ちなみにこの個別表示画面では、メニューには「編集」しかない。ロギング/メモとしては良く言えばとてもシンプル、悪く言えばひどく時代遅れなのだが、それ以前に、実はカレーである必要性が全く無い
シチューでもハヤシライスでも全く問題ない。買い物メモでも構わない。なんなら、家電の値段をメモっておいてもよさそうだ。
最低限ロギングアプリとしての体裁、機能はあり、マーケットプレイス含め、あからさまにジョークな部分がないため、真剣にカレーのロギングアプリを作ろうとしているのか判断に困るところなのだが、もしカレーという部分はジョークなのであれば、素性は悪くないのだから、カレログ騒動が終わった後でもタイトルや説明を改訂し、きちんと訴求して欲しいところだ。

 

●カレーのロギングに進むには?

ジョークではなく、カレーのロギングアプリという方向に進む場合、いかにしてロギング対象をカレーにするか?が課題となる。
まず、カレーはいかにして表されるべきか?ということを考える。その観点で見ると、現在のアプリが持つ入力項目は、あながち外れた方向には行っていない。カレーというのは、単一の情報で表現できるものではないし、どれか一つの情報が主導権を持つものではないからだ。
(一つの情報が主導権を持つタイプとしては、ねむログ等が挙げられるだろう)

では、仮にこのままの入力項目を維持しつつ、カレーについて入力するよう求めるには、やはりソーシャル性を付加するのが最適ではないだろうか。すごく乱暴な表現になるが、みんなカレーについて書いているんだから、カレーのことを書いていないとおかしいよ、というくらいにしてしまうのだ(もちろん、本質は善意が積み重なって、流れができている、という構図が望ましい)。Wikiのような感じだ。

ただその際、家カレー自慢、レシピサイトにならないように…ということを考えた場合、ぐるなびやホットペッパーといったサービスのAPIから店の情報を持ってきて、ログはそこに紐付けるというのが堅実な対策となるだろう。しかしそうなれば、ここの定食屋の、ここのそば屋のカレーがウマイ!という情報は書けなくなってしまう。

そういうことのない自由さと、性善説的に目的が積み重なったものとして、あくまで個人的なイメージだが、みんなでつくるUQ WiMAXマップが良い手本になるのではないだろうか。
これも成り立ちとしては、つながるかつながらないか、という一つの情報が主導権を持つタイプなのだが、ある程度エリアが成り立っている現在、どの程度の速度が出ているか?という情報の重要度が増している。システムとしては多少アナログだが、実際速度測定サイト(speedtest.net)へのリンクがあり、その結果の画像URLを共有する入力欄もあるのがおもしろい。
この速度というのも水物なのだが、にも関わらず多くの情報があることが素晴らしいし、カレーが相対する価値観とも合致するのではないかと思うのだ。

ただ、扱っている情報の性質上、このマップはあまり奥行きのあるサービスではない。カレーに関してはそれでは力不足は否めない。仮にこのマップをカレーに置き換えたら、やたら旗が立っていて逆にわけのわからないものになりかねない。
が、それに対しては、ソーシャル性と紐付けたレイヤー制御ができれば十分だろう。(何らかのアカウントでの関係における)フレンドのログだけ表示するレイヤー、有名人(水野仁助のようなその道の人かもしれないし、黒沢薫のようなエンタメ畑を兼ねる人かもしれない)のレイヤー、その他、時間(新着、○ヶ月以内等)、満足度等々…。

 

●レイヤー=タグの長所、短所

地図だとレイヤーという表現になるが、地図がベースでなくてもいいし、言い方はフィルタでもなんでもいい。さらに言うと、タグやカテゴリという言葉の方がわかりやすいかもしれない。この言葉に陳腐さを感じてくれれば我が意を得たり、というところなのだが、これは有用さとつまらなさが同居する要素であることも否定できない。
ネットに転がっているタグ、カテゴリと同じような認識で構わない。
当ブログのカテゴリを見て欲しい。使ってるの?意味あるの?というしょ~もないカテゴリがたくさん在るはずだ。
ニコニコ動画を見ると、見ていない人にしかわからないであろう、意味不明なタグがたくさんないだろうか。よくあるタグ概念を越え、半ば文章化しているものも少なくない。カオスだ。
ユーザー発のレイヤー、カテゴライズはそのような混沌を生むリスクをはらむ。

カレーは一週間に一回程度…1/21の刹那でしかなく、こういう情報がプリセットされたアプリで用が足りてしまう方が少なくないのではないのではないだろうか。
その限定性に満足できないから、自ら記録をつけ、整理するのだと考えるが、それは多分にしょ~もないカテゴライズが生まれるリスクもある。また、食べ歩いたカレーについて書き記すブログだって、相当な数がある。ブログの数だけカテゴリがあり、そこから情報を取り出すのも一苦労だ。結局、それが跋扈するのであれば、質の差こそあれ、雑然には変わりない。
それを時代の要請、反映だから、これがカレー愛好家たちの真実だから、と受け入れていいのだろうか?それで、我々は本当においしいカレーが食べられる(もしくは良いカレー体験ができる)のだろうか?
ソーシャル性には、その雑然さへの不安と、逆にその解消への期待がある。(今まで媒体毎に異なってきたが)みんなが同じタグ、カテゴリで情報をする、という利点となることを期待したい。

 

●まとめ

この記事自体もカレーから話が離れつつあり、ジョークなのか真剣なのかわからなくなってきているところなので、そろそろまとめに入りたい。
ここまで考えてきたカレーログは、個人によるロギングをベースにしつつ、ソーシャル性により、情報の存在意義を付加する。また、性善説による自浄作用、ブラッシュアップを伴う情報の整頓が成されることも期待するものである。
最後になるが、ソーシャル性をキモとするには、ユーザー(とくにアーリーアダプター)の熱心な参加が必要となる。通常のソーシャルシステムに対してそれを語るのは簡単だが、これはカレーの話だから、もっとカレーを食べ、もっとカレーを気にかける、そんな愛情がないと話にならない。この記事は単なる絵空事だが、仮に何かが生まれるとしても、日本にはカレー愛がもっともっと必要なのではないだろうか。

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