3月 8, 2012
tronmc

はちみつ如きで恥じるな危険

はじめてのことなのでこうして書くのだが、「元祖にんにくや」というファミレスでハニートーストを食べた。
かかっているはちみつが足りなくなったら、かけ足すので呼んでくれとのことだったが、他の席でそれをやっている店員さんがなぜか「♪ぶんぶんぶーん はちがとぶー」と歌っている!
それを見たら、なんだか恥ずかしくなってしまい、間違ってもはちみつをかけられないよう、一生懸命アイスをはちみつのないところにも延ばして完食。声をかけられないとやらないシステムなのか、相当要りませんオーラが出ていたのかはわからないが、お店からの干渉は無くのりきった。

しかしながら、振り返って考えると、何がそんなに恥ずかしかったのだろうか。「いや、恥ずかしいことなどない!」という話ではなく、恥ずかしさの質、種類について疑問に思った。なんかモヤモヤするので「店員」、「お客さん」(自分たち)、「他の客」と分けて考えてみたのだが、結論から言うと、それはただの自意識過剰なんだと思う。

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まず、「大衆の前で歌わされるなんて、店員さんかわいそう」と同情のような気持ちが浮かんだ。だが、メイド喫茶でやることとに近い気がして(と言いつつメイド喫茶に行ったことはないのが今回の元凶たる不勉強か!?、適当にググっていたら、それはめちゃくちゃ余計なお世話なのだ、と知った。仕事なんだから。(マニュアルなどに書いてあるのなら余計に!)

(例):元メイド喫茶店員だけどなんか質問ある? 働くモノニュース : 人生VIP職人ブログwww:

だから、他の客からの同情の視線も意味を持たない。また、「なんだこいつら」はほとんど冗談。そもそも本件と関係無い。

また、自分たちは他の客から見られている、という意識も出る。だが、先に歌を歌われたテーブルの人のことを思い出そうとすると、ぼんやりとしか覚えていないことに気付く。店員についても同じだ。人を見てはおらず、現象を見ていたのだ。もっとも、自分に注意力がないとか、逆にあちらに目をひく要素がない、なんてことを考慮するとミもフタもないし、本当に見られて困る身(指名手配されている、とか)だったら、それはそれで大事なことでもある。なので、こういうのは幾分か被害妄想的なのだろう。

それに付随して気が付いたことなのだが、「(他の人に)見られている」というのは、自分たちの世界に没入できていない/していないということではないだろうか。

本件、どういう現象なのかググらずにはいられなかったのだが、そのとき、Youtubeに公開されたいくつかの動画を目にした。公開されているものとはいえ、プライベートなもののようなのでリンクは控えるが、ざっくり言うと、家族でファミレスで食事しましたよ!っていう様子をが撮影、編集されたもの。
結婚披露宴で流れそうな、ホームビデオとしては上手な編集の動画(ニコ動なんかもそうだけど、気軽なようでいて難しいっていうか…やれる人、うらやましいね!)で、それがYoutubeでオープンに見られるっていうんだから、これを作った人は、そもそもファミレスで「他の客」がいたって気になるまいよ。偶然その場に誰が居合わせようと、よっぽどでない限り気になるまいよ。同様に、自分のように偶然その動画に辿り着いたヤツがいても。結果論だが、ファミレスに止まらず、Youtubeという場で、場所・時間を拡張して、なおも平気ですよ、という解釈になるわけで、その動画の存在、及び作った人の(少なくともプライベートに関する)考え方と価値観は、この記事と、それを書いた野郎とは明らかに異なる。ひょっとすると、リンクを控えるのも、「やるだけムダ」な行為なのかもしれない。

おかしいのは自分の考え方だと思う。その動画の作り手さんの方がまとも。ファミレスといい、ビデオといい、サービスや製品をどれも真っ当な感じに使いこなしていて、スマートだ。それは尊敬に値する。
ただ、自分は「ネットに顔を載せるなんて!」(要は個人情報を晒すなんて!であり、そういう商売でない限り、顔もそれにあたる)というような考えで生きてきたので、違う考え方なんだなぁ、俺にはできないなぁ、と。
是非とかじゃなくて、それだけ。本質的にはそれだけ。
なんだけれど、翻すと、俺この人みたいにスマートな使い方できないわ!ということになる。
そのスマートさっていうのは、目的のために手段を行使するということ。
プライバシーも問題がないとは言えないよ。だから、Youtubeも最適な選択肢とは言えないよ。ファミレスでご飯食べるのも金かかるよ、ビデオカメラも安くないよ、でも家族の笑顔のためだもん!動画を見ていると、そっち側の人たちは、そういう価値観が第一なんだって伝わってくる。その価値観の前には、「他の客」なんてどうでもいい、もしくは映ってすらいない。家族のための世界であり、家族が世界なのだ。
シマらないな。”World is for their family and Family is the world.” とでも書けばシマるだろうか。回りくどくなったが、これが「没入」だ。

この動画の話は美談だが、例えば内輪で騒ぎ散らかしてくる、なんて迷惑なパターンでも、自分たちの世界だし、ファミレスはツールに過ぎないし、これまた「没入」だろう。だから、すごく広い意味だけれど、周りを(顧)みないこと=没入、と言えるだろう。
(…って、こうして捉えると考えるまでもない簡単な話だなぁ)
そのように迷惑なことも起こりうるのだから、没入することに対しては、良いとも悪いとも言えない。
ただ、あのときの自分はそういう状態になかったんだな、と思うだけだ。
それにも意味が必要なら…そうだなぁ、あの動画を作らしめた力や環境は、意識してる、してないに関わらず「家族のため」というスジが通っているから生まれたものなんだと思う。強いものなんだ。それに対して自分はどうだったか?糖分が欲しいという欲求の元におっぱじめたにも関わらず、雑念に因りそれを中途半端にしか遂行してこなかったワケだ。ブレまくりやん!と。そういうことじゃないだろうか。

そういうことで、次世代を担う若者たちに次の言葉を託す…。

本日の結論:信じる者は救われる。ブレてるヤツはリア充になれへんで!w

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