11月 14, 2011
tronmc

俺はそれと向き合わない

ミヤネ屋Mr.サンデーを一瞬見たら、TPPで医療が営利追求に傾くんじゃない?というようなことを流していた。ドラマ「獣医ドリトル」で國村隼がやってた獣医みたいに、安易に安楽死判定する医者が増えやしないかな。そうすると死生観も結構変わりやしないかねぇー…。

それは君のものじゃない (‘A`)無気力人間T氏のさわやか日記:

便乗して随想。

生きたくても生きられない人がいるのに、お腹いっぱい食べたくても食べられない人がいるのに…「~できない人がいるのに」って類の言葉はワークアラウンドだったり、反語や皮肉だったり、文面とはちょっと違うところにランディングさせる面もあると思う。けど、今ってそれやってたら割と追っつかないよね。

そうして文面通りの「~できない人がいるのに」って言葉とぶつかる場合、解決策としては、世界や人間の理、支配構造を変え、再分配してもらうのが適当だと思うんだ。「僕、食べたくないんです」となったら「じゃあ食べ物に困っている人にあげましょう」と。例えば食べ物ならば、それが隣人なら別にワケないことなんだけど、隣人とはなんぞや。
数メートル以内で生きている血縁者か。血縁は関係ないか。徒歩何分までか。疲れないで歩ける程度…どこまで?物理的な距離はどうでもいい、ネット社会だし心の距離で計りたいね…ってモノサシプリーズ。
手渡しリレーで、伝言ゲームで、と自分の手の届く範囲でやっていればよかったのに。もっと早く、もっとコストを少なく、ていうか「困ってる人は手が届こうが届くまいが助けないと!(ってな行動するカッコいい俺、もっと!もっと!)」等々ヒートアップしていって、欲望がハッピーバースデイしまくる。いったい自尊心とは何なのか。
あくまでその欲望を利用する側でありたい。そういう人は多そうだけど、みんながみんなそうやってエリート願望を持っていて幸せになるのだろうか。ある種、二次元嫁に添い遂げるのか、三次元女と肌を重ねるのか、という選択に似たふいんき。
しかしながら、仮に再分配が可能として、解決策を行使する責任が発生するのは、言葉を投げかける側、投げかけられる側のどちらなのだろう?

以上、奇跡も、魔法もある世界の話。

現実見ると、自殺(というか殺人?ってか言い始めたら森羅万象?)って状況や環境(メンドいから以後便宜的に「situation」)によるもので、極論すると腹減ってるときは何食ってもウマイとか、夕日もカノジョさんと見ると感動するってのと同列と思っている。
屁理屈だけど、situationが良くなればいいなら、「~できない人がいるのに」もNGワードではない。
独りで寂しいし死にたいって喪男のところに、美少女がやってきてそんなセリフを垂れてみろ。惚れてまうやろ。つまりは「~できない人がいるのに」って言葉自体にはあんまり効力が無くて、そんなことより自分の側に主体的に関わってくれる人がいる、もしくは関心を表すフシ…自分のことを考えてくれる、気にかけてくれる、声をかけてくれる、という事実が突き刺さると。もちろん、逆に「旦那が『貴殿を削除する!』とか言ってる正義厨。ムリだけど、全部、市のせい…」などとつぶやいている人に言ったら悪くなる。
それが状況を考えなさい、寄り添いなさい、ということだと思う。同時にそれは簡単ではないということも自覚しないといけない。仮にあなたが喪男を助けたい美少女だったとしても、彼の心が完璧に三次元への興味を失っていれば、あなたの実存は全く彼に響かない。顔も見られずに「お前に何がわかるんだよ!」と逆ギレされたら、わかるよ/わからないよの二択から始まる説教で説き伏せねばならない。オチたら、叱ってやるのか、甘言を浴びせるのか、等々。半分くらいは美少女側の持つ素養、人生哲学に左右されるものだが、そんな自分が相手にフィットするかどうかも、識っておかないといけない事柄だろう。
一緒に夕日を見て感動できるカノジョさん(及びその関係性)を作るためには、けっこう労力がいるもんだ。イケメンじゃないからムリって場合は、とりあえず今だけは整形でなんとかなると思っておいてくれ。そうすると、コスト差はあるけど、想像はできるのではないだろうか。それでも無自覚、天賦の才等でとんとん拍子にそこまで行くやつもいるが、たぶんそれはご先祖様や家族によるトータルな恩恵があるやつだ。サッカーだって、トータルフットボールがいいのか、個の力による打開がいいのか、今はハッキリしないだろう?今大事なのはいつ、何点を取ったかじゃない。勝ち点を取ったかどうかだ。勝ち点を取らないと順位が下がるんだ。降格するんだ。観客が減って収入も減る、有名で有能な選手は出ていく、CSじゃないとロクにテレビにも出られない、総合ニュース番組で試合結果を出してすらもらえない!
どちらもsituation問題なんだから、意中のあのコをオトすくらいの努力が自殺からの救済にも必要だろう。それをしないで、ドラマから借りパクしたような不要人物非実在論を語るのはオ……片思いって言われるぞ。
逆もまた然りで、日もすがら思い慕っていたあのコをオトせなかったときは、もっと大いに落胆し、苦しむべきだ。想像してご覧なさい。思い人が今生交わることのない存在となり、他人と寄り添う仲になり、そんな他人に精神的向上心のない者は馬鹿だと言われてしまうのだ。自殺したい気持ちがよくわかるというものだし、こんな私でも人の役に立てたらそれはとっても嬉しいなっていう理由で自殺からのレスキューをしようなどとは思えないはずだ。

 

疲れたのでこのくらいでやめておくが、とにかく、俺は痛いのがイヤだから、自殺が怖い。痛くなく死ねるそのときまで、全力で茶化していくつもりだ。

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