4月 3, 2010
tronmc

1stガンダムを観て:ニュータイプと性

引き続きララァとアムロの部分のお話です。
41話「光る宇宙」の部分ですね。
タイトルが示す通りの部分があるので、読んでいい方だけ続きから読んで頂ければ幸いです。

劇場版で存在した描写かどうか覚えていないんですけど(何度も見ているせいか最近は観ると途中で寝ちゃうんですorz)、ガンダムのビームサーベルがエルメスに刺さってしまった後に不思議なカットがありました。
宇宙に浮かぶ島(?)のようなところで、小さいですが人二人がまるでキャッキャウフフ的に追いかけ合ってるような場面の後、オレンジの丸の周囲に外側からいくつもの白っぽい光が近づいていって、最後の一つが丸にくっつくと、光が広がるという場面です。
その白っぽい光なんですが、動きが妙に規則的ではあるものの、先っぽが楕円のようになっていて、なんだか精子っぽく見えます。
であれば、そのシーンは受精を表している、と見るのが自然なことだろうと思います。

しかし、なんでそこでそうなるんだろう?と不思議に感じました。

とはいえ、自分がいくら不思議に思おうと埒はあかないワケで、強引というか、思考停止というか、そういう側面もはらみますが、そこは作り手のメッセージとか、そういうものだと思うほかないワケです。

その上で考えたのは、ニュータイプの行き着くところはそういうところにあるのではないか?ということです。ニュータイプ「でも」とも書けますが、むしろニュータイプ「だからこそ」とした方が自分の感じたところに近いです。
つまりはセックスなのですが、そこにあるのはただのセックスではなくて、「健全な」セックスです。説明が難しいんですけど。

今日び受精自体が相互理解の証拠にはならないのは、説明するまでもないと思います。「ガンダム」のくくりでさえ、UC(小説版)でマリーダが苦しんじゃいますし。
しかし逆に今日の感覚で健全なセックスといえば、「双方同意の上」っていうのがまずしっくりくるんじゃないかと思います。さらに言えば、お互いが愛し合っていることが挙げられますね。
話が飛ぶようですが、それが「相互理解」だと思うんです。
わかりあえた(アムロは「君ともこうしてわかり合えたんだから」と言っています)上での描写だから「健全」なんだと思います。

ただし、大事なのはセックスではないでしょう。むしろ「健全」さの方が大事なことなんだと思います。いろいろと現実離れした世界の中、人間らしい健全さを描くために受精のようなシーンが出てきたように思えるのです。
(だから、あのララァとアムロの関係がプラトニックセックスとかいう話は、これとは違う話だと思います)

こう考えていって新たな発見があったのは、劇場版の新訳Zガンダムのラストです。散々エロい、エロい、と言われたカミーユとファの抱擁です。
ファはともかく…(というところがこの考え方の弱いところではありますが)。カミーユが理想のニュータイプ像として示された結果、ラストはあのような抱擁のシーンとなったのではないかと見ることができます。だから意味があってエロいというか…いや、エロいという言葉は不適切ですね。人間をきちんと捉えたものなんだと思います。

そして、受精が示すのは新しい命の誕生です。きちんと愛し合って子を産み、命をつないでいく…ニュータイプでも人間だからそこが大事だし、人間の本質なんでしょう。それが絵空事の中でも現実につながるメッセージとして、ララァとアムロの間で可能性が示され、新訳のカミーユにてより高次に発信された、と。もしかしたら「ニュータイプは殺し合う道具ではな」く、何かと言えば、命を紡ぐためのものなのではないかと。自分はそう見ます。

ただ、これはあまりにも綺麗な見方過ぎるかもしれません。
実際、有名なところでテレビ版のZガンダムではカミーユのラストは精神崩壊、というのもありますし、逆襲のシャアでは、あくまでアムロの夢ということになっていますが、ララァは永遠にシャアとアムロの間にいたいとも言っています。これらのエピソードは上に書いてきたような健全さにつながりません。
しかし、Vガンダムではウッソの有名なセリフとして「次の命を生んでくれる女性達のために.…か」なんて言葉もありましたし、(10年以上前の地方紙でソースもないのですが)ブレンパワードの放映に先立って新聞に掲載された富野氏のインタビューで、エヴァを批判しつつ、健全なものを作らないといけない、というような言葉がありました。(これは、当時それを読んでブレンパワードを見たらオープニングが登場人物の裸だらけで「どこが健全なんだ!?」と感じたことがあり、強く覚えています…今なら少し意味がわかる気もしますが)

そういう意味では、当時ガンダムで描かれたものがきちんと(新訳Zで)帰結するまで、富野氏的にいろいろ紆余曲折があったんだな、ということが想像できます。でも、二十うん年もまたいで、志を再びつなげて昇華できたっていうのは、素敵なことだな、と感じます。

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