10月 18, 2012
tronmc

3DSVC・ロックマン4で20年前を思い出す

ロックマン4が3DSのバーチャルコンソールで配信されたので、ダウンロードし、遊んでいる。
このソフトをやるのは約20年ぶりだ。

たしか、初めて自分で買ったファミコンソフト。
初めて我が家にやってきたロックマンシリーズ。
テレビゲームに本気になったのも初めてかもしれない。

昔は、4より前の過去作は手元に置いてやったことがなく、部分的にしかやったことがない。
今でも、全部Wiiのバーチャルコンソールでダウンロードしたが、クリアできずにいる。同じようなものを積みゲーにするのもなんだし、4以降の物はWiiで買うのを控えていたが、今回はハードも違うしまぁいいか、と。
それと、今は昔より腕が落ちているのかどうか、確かめたかった。
1~3ができないのは、昔より腕が落ちているからかもしれない。けれど、そもそも昔きちんとやれていないのだから、比べようがない。4は確実に自力で全部やっていたので、4ができないようであれば、やっぱり腕が落ちているのだろう、と。

3DSの小さいボタンで、ニューロックバスターをチャージしながら動き回るのはなかなか指にきたけれど、正味一時間半くらいで、8大ボスを倒すことができている。
昔も一時間前後だったと思うので、ブランクを加味すれば上出来な方ではないかと思う。
リングマンを倒すのに少々苦労したが、それ以外はさほどつっかかることもなくクリアでき、そんなに腕は落ちていないのだな、ということがわかった。
20年も経っても、同じようにことが運べるのは嬉しい。最近のゲームはそうはいかないもの!

また、想像以上に進め方を覚えていた。
やればやるほど攻略法(というほどたいしたものじゃないが…)がスルスルと思い出されて、自分でも驚いた。記憶は、アイテムがどこにあるか、このトラップはこう抜ける、この先どんな仕掛けが待っているか、といった情報から、当時どこここにどう苦しんだか、得意だったか、といった想い出まで、けっこう多岐に渡り細かいところまで及んでいて、よく覚えていたな…と我ながら感心してしまった。
あるとすら思わなかった財宝を掘り起こしたような気分で、素直に嬉しい。

その一方で、おそらく、この記憶は約20年前にあった事柄の中で、一番鮮明に、具体的に覚えている事柄だな、という実感もあり、それに寂しさを覚えるのも否定できない。
20年も経つと、現実的にもう会えない人、見られない景色もある。
今回のことから、そういうことも連想するのだが、それらがおぼろげ、不鮮明だから、余計に辛い。
(時事なんかはからっきし覚えていなくて、そういうのは痛くも痒くもない)

ただ、今度のことは、ロックマン4というソフトに改めて触れたからこそ、思い出せたこと。
歯抜けのパズルの空いたスペースに、想い出を、記憶を並べていく…ということができたから、
鮮明に思い出せただけで、それは他の想い出と比べて、ガイドやアドバンテージがあるだけなのかもしれない。
どういう形にせよ思い出せること自体が貴重だ、というのも事実だが。

こういう体験を呼び戻す鍵は人によって様々。その側面だけでも、昔のゲームを復刻して今のゲーム機でも遊べるようにするのは、有意義な事業だと思う。
ただ、レゲーをやってひたすら懐古するばかりでは、後々今という時間を思い出す鍵を作り出せなくなるかもしれない。
だから、レゲーやるにも昔とは違う体験が残るように取り組むことや、新しく今の自分に合うゲームを見つけることができれば、ゲームライフはより豊かになるのではないかと思う。

「記憶はいつか遠い順から 想い出に変わってしまうよ」
という、当然、正論なのだが、どこか間抜けな歌詞で始まる水樹奈々の「リプレイマシン」がPSP版の「想い出にかわる君」のオープニングでは差し替えられ、消滅しているのに消沈した日と、過去作移植と噂される、セガ「2×5」ディザーの概要が発表される日の、間の日のできごとだった。

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