7月 7, 2012
tronmc

ゲームの勘所がわからない:アイドルマスター編

長らく、アイドルマスター(1作目)はギャルゲー、つまりはよくある二次元女子と交流したり、それとの物語を紐解くゲームと勘違いしていた。
だが、あれは正確には二次元女子を使った対戦ツールだったらしい。

妹がやると言ってやらぬ360のアイドルマスターをやること多少、この間やっと対人戦を経験した。
お互いTwitterタグをLiveの自己紹介で晒していたため、そのとき対戦した方といくらかやり取りができたのだが、それでわかったのは、自分がネットで見聞きして覚えたアイドルマスターの攻略法は、極めてテンプレ的であり、ただ「クリア」をするためのものだということ。
自分が把握したやり方では、クリアに差し支えないものの、いまいちプレイしている割に伸びないパラメーターがあったのは、対戦をして、その上でゲームを進めていくというやり方とは違っていたからなのだ。

むしろ、そのためにアイドルマスターはわかりにくいパラメーター構造を取っていたのではないか。
クリアも一興であると同様に、対戦も一興。だが、対戦があること即ち、そのゲームにはそれなりの懐があるということではないだろうか。よっぽどのクソゲーでない限り。
その懐があったから、アイドルマスターはアーケードゲームであったし、XboxLiveに親和性のある、キラータイトルになったのだろう。

そう考えると、2が発表されたときにファンが騒いだ気持ちもわかる。
ネット対戦がないこと、一部のキャラがライバル的な立ち位置になり、プレイアブルではなくなること(竜宮小町)、男性アイドルグループの出現。
これらは、当時アイドルマスターをただのギャルゲー…二次元女子と交流するゲームとして見ていた自分にとっては、それほど驚くことにあたらず、むしろギャルゲー、そして物語の進展という文脈からすれば、あり得る展開だと思っていた。当時の炎上を冷ややかに眺めていた自分が恥ずかしい。そういうことじゃなかったんだ!と言ってやりたい。

ところが、360版はしばらくネガキャンされていたもの、PS3への移植の際は歓迎されていたように思う。ついでに言えば、もうそこそこの人気コンテンツ、屋台骨になっているような気配すらある。これはどういうことなのだろう?
一作目が好きだった人は360の時点でどこかに行ってしまったのか?もう慣れてしまったのか?対戦は諦めてしまったのか?
また、一作目から離れていく気配は本当はPSP版一作目(なんとかサンとかムーンとかってやつ)からあったのではないか?そこはどうだったのだろう?

ともかく、「アイドルマスター」は今はもうすっかりギャルゲー系と言ってコンテンツと言って差し支えないだろうし、それを嘆くような向きも、ネットの空気ではあまり感じられない。そんなもんか。
今一作目をやっている身としては寂しい反面、自分は出会うのが遅すぎたんだから、それもしょうがないのだ。

 

関連してラブプラスのことも書こうと思っていたが、十分な長文になってしまったので、またの機会としたい。

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