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10月 27, 2013
tronmc

映画:劇場版 魔法少女まどか☆マギカ [新編] 叛逆の物語

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ちゃんと見ていないので元ネタには恐縮だが、「”魔法少女”のネクストレベル」というコピーが適当なんじゃないかと思った。
ものすごく娯楽としての質が高いけれど、「これは最高の一本!」とか言えるのかどうか…。

本当にもう、こんなものが作れるのか、こんな映画、物語映像が世の中に存在するのか、というくらいに心が動かされたのは事実なんだけれど、それは前作(とりあえず劇場版前後編やテレビシリーズのことをまとめてこう書く)があっての体験。
物語として続くとか、設定的な云々とかっていうところにとどまらず、世界構造を活かして前作をなぞったりとか、前作ではミスリードを招いたようなテイストを敢えて出してきたりとか、前作を下敷きにする部分が普通の「続編モノ」の比じゃない。

でもって、たぶん「前作を見た」という程度ではたいしておもしろくないんじゃないか?とも思う。
物語だけとっても、それを回していくギミック(のバックボーン/下地)については知らない人が理解できるほど説明しているとは思わない。若干セリフでフォローしてます的な体裁は見えるけれども。
だから、前作をある程度咀嚼していないとおもしろいと思えないんじゃないかなぁ、と想像している。
咀嚼しているイコール前作が好き、とは限らないけれど、それは何かしらの斥力がないとできないことだと思う。それがない人に勧めようとは思わないなぁ。

そんなこんなで、前作が全くもって切り離せない。
きっと全てが完結してはじめて、「一本の”物語”」と言えるのだろうから、「最高の一本!」とはやっぱり言わない。「最高の続編モノ」と言うべきか。

でも本当に前作がわかっていればすごいんだよなぁ…。

どちらかといえば、あんなこといいな、できたらいいな、というレベルの話なのだけれど、求められていることを全部やっているな!と感じた。
…いや、全部という表現はおかしいか。フルに?がっつり?てんこ盛り?とにかく、期待に応えすぎ。

多世界で進行できる仕組みがあるから、ifがあってもそこまでは驚かない世界観で、メディアミックスでそれは存分に使われてきたけれども、本流がそれを使うカタルシスっていうのがきっちり押さえてあると思う。
派生臭さ、みたいなものを感じさせない圧倒的な力がある。
その圧倒的な部分も、単にアニメ媒体だからということではなくて、きちんとまどかマギカらしい独自性がある。この、新しいけれどちゃんとまどかマギカだな、と認められる快感。これが前作がわかっていればこそ。

多世界という部分については、それを可能にする仕組みが前作ではおおまかに2つあったと解釈しているのだけれど、今回そこに新たなもの(拡張解釈と言った方がいいかもしれないけれど)が現れたりするし、それとは別の話だけれど、前作までのシステムに穴が見つかったりと、脳みそこねくり回すネタにも事欠かない。これに関してはイヤな人もいるだろうけれど、SF好きとしては歓迎。主要な登場人物たちがそっち方面でもきっちり仕事しているのもさすが。

ラストは咀嚼しきれていないのでなんとも言いづらいところはあるけれど、悪いとか否定したいという気持ちではとりあえず、ない。
その直前、ここでまとまるかなー、というところの感動がすごかったので衝撃的ではあった。あれもまた、着地しようとしているところは既存の概念だったのだけれど、尊厳のある荘厳なところで、重みを感じて涙せずにはいられなかった。よかったなぁ。

賛否といえば、これこそイラネェ!みたいな人もいそうだけれど、変身シーンとナイトメア退治のシーンは目から鱗。脱毛。じゃなくて脱帽。
この映画自体よくこういうものが作れるな、と思うのだけれど、その中でもいっとうよくああいうことを思いつくな!と感心した。クール。素敵!

とまぁ、感心したり感動したり解釈に頭使ったりと目一杯。だから見るのにすごく体力使うけれど、いやな気はしない。ぜひ繰り返し見たい。

続編最高!

7月 21, 2013
tronmc

映画:劇場版 銀魂 完結篇 万事屋よ永遠なれ

パンフを先に読んだら、しれっと重大なネタバレの絵が載ってて…失敗したなぁ。

おもしろかったけれど、終盤で若干テンションが折れ気味に。理由は大きく2つ。
まず、銀時が過去に飛ぶところ以降の時間的なつじつまがいまいち理解できなかった。自分が理解できていないだけならばいいんだけれど、もしも論理的につじつまが合うような構造ではなくて、それをして何も決まっていない、どうなるかわからないとしていたなら、ちょっとずるい。白夜叉の時点で消す…というところまではよかったんだけれど、なんかモヤモヤ。
時間移動ネタを主軸に扱うものでもないんだし、そういうことを求めてはいけないものなのかもしれないけれど、これが正直に感じたところ。
仮面ライダーとか戦隊が戦う場所ってつっこんじゃいけない、もしくはつっこむのは野暮だったりする。なんでぶっ飛ばされると味スタに行くんだ!みたいな。そういう空気感の話であれば何も気にしないのだけれど。
冒頭で書いたネタバレもこういうところにこだわってしまった理由だろうか。結果がわかっているから、過程を必要以上に重視してしまったかも。
あとは、全員集合で合戦するというところで、金魂篇(金時篇)みたいだなぁ、と感じてしまったことがひとつ。真選組以外はそっちでもいたようなメンツだし、源外のからくりが重要な役割で、消えた記憶を取り戻して云々というところも似通っている。ストーリーを考えると難しいところもあるけれど、せめてもうちょっと登場キャラクターが増える等あればよかったかも。

ただ、そうやってテンションが下がるあたりで「あれ?もう終盤なの?」とも思った。
上映時間が1時間50分ということで、わりかし長めだと思っていたけれど、その割に…ということだ。ポジティブな意味で。
そりゃあ最初の最初は「そのネタでどんだけひっぱるんだ!これのせいで長いのか!?」と心の中でツッコミを入れてしまったけれど、そこ以外は野暮に長ったらしく感じるところもなく、TV版の長編を見るような感じで見ていけた。

ついでに、ツッコミを入れた最初の最初の部分は、これはこれで30分じゃできない、映画だからできることでリッチなことと言える。タイムトラベルまでの部分は、映画泥棒やアレ勃ちぬ(風立ちぬ)、アレが3Dになるとかどうとか…といった映画パロディネタががっつり出てくるサービス精神、センスは素晴らしいなぁ。
また、これほど長く劇中も映画泥棒の存在を意識させた映画というのも無いのでは。映画泥棒パロディのキャラクターは終盤手前まで出てくるのだ。冒頭ではロトスコープとやらで、ほぼそのまんまのものも出てくるのだから恐れ入る。現在は映画泥棒の映像は3バージョン目で、今作で使われているのが2つ目なのが惜しい気がするが、それもまた愛嬌。

これが「完結篇」でアニメは終わりということなのだが、終わりという実感は今ひとつなし。日常を描くところで終わっているが、ボカすことによるポジティブさは感じず、あっさりと終わってしまっていたと、そしてこれが最後でいいものだろうか?と感じた。
個人的には、銀魂のメタフィクショナルなところに大きく魅力を感じているので、万事屋衆が観客(アニメを見ている側)に向かって別れの言葉を言うくらいの方が心地よいと思っている。
そして、そういうことを自分が望んでいるとわかった途端、今回のエンディングによって自分の見る側としての立ち位置が変質したことに気付いた。

銀魂には、過剰なツッコミやメタフィクショナルな演出によって、作品と受け手が気分、気持ち、ときには世界観を共有するような部分があると思うのだが、今作の最後は、何かを共有するものではなく、受け手は客体なのだ。
万事屋はいつもの銀魂の世界に戻っていき、おそらくこれからもその世界で生き続けるだろう。しかし受け手はアニメにおいてはそこでストップ(便宜上に書いておくと、本当に今回で終わるのならば)。これからのその世界や、万事屋の活躍はマンガで見ていくことになるが、それは今作を受け一旦客体になった存在がやることであって、今までの「銀魂を見ている自分」とは別の存在になるのではないかと思う。今までは「立ち会って」いたのが、今度からは「見守る」存在になりそうな。
それでも、それはそれでこういうことが成り立つなら、立派な「完結篇」と言える。
自分としては、若干寂しい思いで見ていくのかなぁ、という被害妄想と、「見守る」とかって上から目線でキメェよ自分、という思いを抱いている。

完結篇という言葉や、終わりますということを聞いていなければ、ただの長編の一つとしてゲラゲラ楽しんで見られていたかもしれないなぁ。ちゃんと銀魂銀魂していて、だから逆に終わるということに懐疑的になったり…以上、ぐだぐだ長くなるので割愛。

7月 9, 2013
tronmc

映画:忍者ゾンビ

はじまって一分と経たずに笑える映画というのも、なかなか無いのでは。
のっけからぐだぐだ展開する下手な日本語とやる気のない殺陣に爆笑。この日本語が下手だとわかるだけで、本当に日本人で良かったと思った。

ミュージックビデオのメイキングみたいな画質で展開されるので、なんだか物語映画という気がしない。
序盤はルームシェアのような感じの屋内の生活空間で進むのだが、実際の手頃な物件を使ったのだろう、あまり広くないようだし、カメラも引かないので、絵面は窮屈。そんなところで殺陣もしちゃうのは恐れ入る。
後半は屋外になり、こちらは広いのだが、人やものに対してカメラが引き気味で、間延びした印象だ。

肝心の忍者なゾンビなのだが、ものすごい中途半端(この映画自体中途半端だけどさ)。
ごくごくたまにゾンビらしいアクションもあるのだが、基本的にはゾンビ要素に乏しい。動きは普通の刀、十手、体術を使ったアクション。頭領はキビキビと配下の忍者なゾンビたちに指示を出したりと知能的っぽくもある。
人間が噛まれればゾンビになるという設定は唯一ゾンビらしい部分なのだが、普通に戦っていて噛む気配がないパターンも少なくない。設定的にゾンビなだけ、とも言える。
ゾンビである必要性に乏しいと見るべきか(忍者らしいかと言われればそれも微妙だけれど)、それともよくあるゾンビ像を基準にして考えてしまう自分がおかしいのだろうか…?
いずれにせよ、滑稽どころの話ではなく存在意義が謎。
そういえば、もう一つ。一応顔が腐り崩れているのもゾンビらしいか。しかし、着衣に乱れはなく、頭も忍者装束の頭巾に覆われているので、顔を見て「ゾンビだ!」と思えるところも多くはない。たいして異形の存在だという感じもしないのだ。

むしろ、禁忌の刀を封印するときの主人公の先祖の、ハラキリしながら眼や口から光を出してる様が一番異常。
ついでに封印というのも、地面に刀が乗っている画で、瞬時に地割れが起き、刀がポン、と消えて、即座に地割れが戻るだけ。その間わずか1,2秒。封印が解かれるときもそれが逆になるだけ。タチの悪い手品のような絵面だ。シュールも呆れも通り越して解脱してしまいそうだ。

唯一良かったのは、中盤から主人公と一緒に戦い始める体格のいいB系男子の活躍。とにかく薄っぺらい行動原理で動くキャラが多い中、ゾンビ化する親友をめっためたにして、そんなことしたくなかったと言う様は妙に情に厚く見える。中盤以降主人公と共闘するが、他のメンツは刀や体術でのきれいな、もといきれいにやろうとしているアクションで戦っていく中、銃とバットで飾り気なく豪放に戦うのもクレイジーながら気持ちがいい。
そして何と言っても、終盤ゾンビに噛まれてからの、銃で頭を撃っての自殺。彼自身も周りの人間も逡巡する暇無く、このシーンはさっさと進んでさっさと終わってしまう。こんな話は他に無いんじゃないかという、びっくりするほど淡白なに進むのだが、それが彼の大雑把で豪放なタチにマッチしていて、潔く見えた。
基本的には、どの人物もアメリカらしいユーモアのあるクレイジー感を持っているのだが、それに見合うかっこよさ、洗練された感じがないのが残念なところ。

DVDを出すよりもYoutubeあたりで公開しておくべき一本ではないだろうか。
その方がまだお金になるんじゃないかと思うし、ばりばりの素人ハンドメイド感もいくらかは許容できる……かもしれない。
正直、ゲ○で70円のときのレンタルだし、選んだのもお金出したのも自分じゃないので、ゲラゲラ笑っていられるのだが、フルプライスでDVDを買ったりしていたら、どんな負の感情に支配されるか想像もつかない。
ただし、結果こそ散々だが、映画的表現を志して努力した跡が見られ(良く言い過ぎか?)、いわゆる「いまいち萌えない娘」のようなものと言える。
また、最初から最後まで全てに渡って的確に欠点を挙げ、それを改善する策を持てれば、…あらびっくり。素敵なクリエイターの誕生だわ。
B級ですらないものとはどんなものか?というのを知っておくという貴重な体験ができた。反面教師としては非常に価値のある存在だった。

6月 22, 2013
tronmc

映画:ブロブ~宇宙からの不明物体~

B級SFが見たくなりdビデオを探したら、タイトルで「ああ、こういうの!」と思いdtabで視聴(^_^;)

今の映画みたいにキレイな画質じゃないから、「うわーっ、CG!」みたいに感じることがなく没入できた。
ただしこれは、そもそもそんなにキレイに映らないサービス(dビデオ)によるところも少なくないかも(待て)

難しい能書きもなくて、ただシンプルに怖くておもしろい。スライム(ブロブ)無双。
人々が吸収されてしまうところも、体の一部だけ残されたり、少し原形をとどめながら飲まれていったりと迫力があって、見終わってから思うと相当グロテスクだったんだけれど、怖さが勝っていたのか、そこまでグロさは感じず。
でもって、カメラワークというか絵面とか、間の取り方ががすごく思わせぶりで、これから出ますといわんばかりの隙が作ってあって、出る以前にそこで恐怖を感じてしまう。おもしろい。
あとは、どうせ食われないだろうとわかっていても、主人公の二人はかなり危ない場面があってスリリング。「いや待てお前逃げろって!」なんてドキドキしたもんだ。それで彼らがどう打開するかっていうところがまた楽し………いや、嘘。逃げられる気がしない場面ばかりで「どうするの!?」とハラハラするばかり。

別にどうこう言うような細かいところもないし、あったとしてもこの迫力には細けぇことはいいんだよ、と言わざるを得ない。と最初は思っていたけれど、さすがにブロブのネタばらしがあったときは心の中で盛大にツッコミを入れた。
そこで語られるブロブの…特性と言うべきか、目的と言うべきか。それはブロブへの弱点が”あのくらい”の”アレ”な時点で、成立しない。それが弱点では、最も重要なミッションが遂行できないのだ。
それで興ざめといわけではないけれど、一部の登場人物には呆れてしまうなぁ。

ラストは続きをにおわせるタイプ。気に留めていなかった伏線が回収されて、感嘆の声を上げそうになりついニヤニヤしてしまった。それを踏まえるとあそこはこうだったのかー、と思い返してみたり。

目立った不足もなく、楽しめる一本だった!

5月 27, 2013
tronmc

映画:劇場版シュタインズ・ゲート 負荷領域のデジャヴ

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テレビアニメ版は24話一通り視聴。ゲームは未だに序盤の積み気味スロー進行中。

「なんて言えばいい!?」というのが正直な感想。
そして、泣けるのかな、と思いきやそこまではいかなかった。

テレビ版では、序盤何の話なのかわからなかった。(カオスヘッドを意識しすぎたからかもしれない)
10話だか11話だかまで、岡部が何をしたいのか、どういう原理原則で行動しているのか。タイムマシン作ってどうするの?どうなるの?と思っていた。
その後、まゆりの死のあたりから話が一層シリアスになっていくと、そこからはもう奔流に飲み込まれるような形で、息もつかせぬというか、目の離せない展開に引き込まれていったし、時間を旅していく話もうまいなぁ、と感服する次第だった。
ただ、後から考えると、それは序盤の展開でしっかりゆったりギミックが説明されていたからなんだなぁ、としみじみ。

今回の劇場版はそこまでちゃんとやってくれなかった気がする。わかりにくかった。
アニメ、ゲームの段階からそんなに理解度は高くないし、自分の頭が悪いからなんだけれど、デジャヴとリーディングシュタイナーの関係とか、鈴羽がやってきた意味とか、2005年がどうこうとか、なんで?と思うところが少なくなかった。それを、見ていればわかるんだろうな、見逃さないように、と心に留めておく部分に気持ちが裂かれちゃって、あっぷあっぷだったのは自分でももったいない。
テレビだと「蟻でもわかる!」話だったけど、今回は「サルでもわかる」という話に格上げになってしまったようだ。
後半は駆け足気味で、じっくり咀嚼している余裕もなかった。

それでもって、テレビ版でやったことみたいに事態が入り組まないから、どうしても作りもののようなシチュエーションに思えるところが多少。
岡部と紅莉栖が、世界線のはざまで親密になっていって切ないやりとりやキスを…というのは、テレビ版でもあったけれど、あれは意外な(自分が忘れていただけでわかる人にはわかったのかもしれないけれど)副作用みたいなところで出てきたもので、それはもう上手い、上手すぎる、というくらい良くできた目から鱗の話だったから、それがあるからこそ、比べると弱くは見えてしまう。
きちんと前段階で改めて一歩後退したところから距離を詰めてみせたんだから、描き方としては至極全うで、揺さぶる話ではあるんだけれど、なんかこう「ああ、それ、やりますよね。そうですよね」って思っちゃう。
ついでに言えば、タイムリープを諦めてからのくだりも「やらないってことはありえませんよね。やりますよね」みたいな。「わかってるから、わかってるから早くやったげて!」という気分でいる時間も短くなかった。
微妙に紅莉栖の行動が掴めなくて、感情移入も難しかった。

ラボメンたちが岡部を思い出すところはそれこそデジャブが……ディケイド!?

しかしながら、本当に描写は細かいというか、丁寧に言葉を尽くしてくれていると感じた。後半を見るとまだ足りないかもしれないけれど、しっかり尺をかけて描けているところは好感が持てた。
決してわかりやすい話とは言えないし、半端なくファン向けの要素が強いけれど、ただひたすら小ネタを楽しんで見ているのも悪くないかも。そういう部分ではものすごく見所が多いので、ファン必携の一作と言えるのでは。

2月 11, 2013
tronmc

アニメ感想:中二病でも恋がしたい

周回遅れで視聴完了。

モリサマの人、あの後どこに向かっていくのかな、というのがすごく気になった。
最終話で演劇部に行くことに乗り気でなく、熱血青春な感じのものを中二病っぽいと評した丹生谷。同じ中二病の否定でも、嫌になった過去の自分の否定から、自分の世界の模索に変化したのだと感じた。
ひねたような感じで、きっとしばらくそういう気分を抱えながら生きていくのだろうけど、それでも前向きになったというのは間違いないんじゃないだろうか。本編に心持ちが変化する過程が明確に用意されてはいないのが、なんとも言えないところではあるけれど。

あとは、これも萌え萌えゆるゆるな日常系、空気系寄りのものであって、その作品が他のテイスト(熱血青春もの)と距離を置くようなことを言うのはおもしろいな、と思った。
関係ないけど、萌え萌えゆるゆるの急先鋒であるくみん先輩が最後に中二病をやるようになるというところは、いつもマイペースやってるようでいて、実は他の人のことをけっこう見ていたんだな、ということが感じられた。これも、なんかいいな。

おもしろくないということはなくて、楽しく見られたけれど、本筋である六花と勇太の部分には入り込めなかった。六花の中二の起源にトラウマをあてがったり、六花が実家に戻って帰ってこないこと、及び勇太がその予感に震えるようなことなどは「ああ、そうするよねぇ…」と思ってしまう展開だった。しかも微妙に合っていないというかズレているというか…疑問を抱いた。

とくに、中二の起源。肉親の死を遠因にあてるっていうことには考えさせられた。背伸びだとか云々、と言葉で定義すると同じようなことになってしまうのだろうけど、中二病って、そんなに重苦しい鎧をまといながら患うものなんだろうか。その重さ、中二病っていう言葉で表していいんだろうか。
後で思い返したとき、恥ずかしいな、と思うようなことが中二病なんだと思う(思っていた)し、やめた六花にそういうものが出てくる気配がないし。これは日が浅いというのもあるかもしれないけれど。

逆に考えると、新しい中二病像、もしくは知らなかった中二病像を提示してくれたのだと考えることもできる。いずれにせよ、中二病というものについて考える機会をもらえて、それは有意義だったと思う。

11月 12, 2012
tronmc

映画:映画けいおん!

とにかく気になったのは、ライブ後、空港に向かうタクシー内の場面。
あずにゃんペr……ではなく、いろいろと気になる部分が詰まっていたから。

アニメ版しか見ていない(手を出す必要性を感じていない)が、けいおんの世界は、とにかく波風が立たない世界(一期は少し葛藤とかピンチもあったけど)。アニメ、漫画ではいくらでもそういうものはあるのだが、けいおんが特徴的なのは、彼女たちの過ごす三年間の時期感覚が曖昧にならないところ。きっちり、その時を生きている感じがする。オンゴーイングだ。

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10月 8, 2012
tronmc

ガンダムAGE キオ編・三世代編の感想 かわいそうなゼハート

AGEの中で最も陰惨なシーンだと思ったのは、ゼハートが死者に触れて追い詰められる場面。見下され笑われるビジョンが残酷だ。

直前のフラムの遺言シーンや、フリットの改心が交感で、これはゼハートの妄想でしかないのでは、と見るのは都合が良すぎるだろうか。
仮に交感だとしても、全員なんたる性格の悪さか!イゼルカント様のふるいにかけられてても仕方ない。そりゃ死ぬよあんたら。
妄想だとしたら。かつて、死んだ兵の名を知っているか?とフラムにのたまわったゼハートだが、そこに信頼や尊厳はなかったということでは。 案外、いつ追い落とされるのか怯えながら将をやっていたりしたのだろうか。
彼の周りにはけっこう忠義に厚いいいやつらが多かったように思えるけれど、兵士として前線に出る人たちなどでは、勝手な人間も多かった。(その代わり死んでしまう名有りも多かった)

ありふれた人間としての幸せへの憧れを吐露して最期を迎えるが、これはヴェイガンという組織をまるっと代弁したものなのかもしれない。
そもそもの話として、マーズレイに脅かされることがなければ、彼らは戦争することもなかったかもしれない。皆ありふれた幸せを手にできていたのかもしれない。(そういう可能性は高かったはず)

敵の方が様々な立場の人間がいて、物語性、厚みがあったように思う。
というか、ディーヴァ側のキャラがたいした活躍をしないだけ?
外見と名前が一致しない人も多かったけれど、これもそのうち他の媒体で見ていれば慣れるのかな?

10月 8, 2012
tronmc

ガンダムAGE キオ編・三世代編の感想 ドラゴンボールかい、と。

●余談

ディーヴァのフォトンブラスターキャノンを設計したり、最終的にマーズレイの克服にも使われたりして、結局何者なのか、今ひとつはっきりしなかったAGEシステム。 敗戦から学ぶシステムなんて言い方もあるようだけれど…マーズレイは負けか、そうか。。

ガンダム的には、最大の功績はFXを産み出したことじゃないだろうか。
Gガンダムはああいうものだからさておき、リアル系のガンダムにドラゴンボールのような戦闘をもたらした。片腕突き出して敵に突っ込んでいくというのは、今までのガンダムにはありえない姿だ。
ビット(Cファンネル)も刃型にし、格闘仕様の色が強い。

おそらく、AGEシステムにも、射撃兵器を作ってもロクなことにならないという学習、反省があったのではないだろうか。
ドッズライフルはウルフに取られ、あれほど強かったダブルバレットも干された。まぁまぁ、そこいらはコンセプトの問題ということでしょう。
問題はAGE-3以降で、シグマシスライフルはすぐに不足とされ、ブラスティアキャノンを作らされるが、無理矢理作成なので一射で爆散。フォートレスはまずまずの活躍をしたが、曲がるビームを撃てるという一見画期的な兵装、シグマシスロングキャノンを擁したオービタルはロクな活躍ができず、腹パンが最強だったという説も。
少なくとも間接的には関わっているであろうFXのダイダルバズーカですら、戦果もなく数分で被弾、放棄された。本当に射撃武器に関しては不遇なのだ。

冗談はさておき、ドラゴンボールといえば、戦闘に何話もかかって進展がよくわからない、かといって見逃すとなんだか損、という展開があるが、AGEの三世代編もそういう感じに近かった。で、なんとなく見づらい感じがした。
三世代編はルナベースとラ・グラミスの戦闘が主なところで、レギルスとダークハウンドによるシド戦のみ、ほぼ単発。なので、戦闘が割と冗長に感じられた。セルと魔人ブウが間髪入れずにやってくるような感じだ。
仕方ないといえば仕方ないのだが、前と比べると少しテンポが悪かったかな、と。
一つの戦場あたりのイベントが多いので、何がどうしてどうなった、と整理するのも一苦労。ゲームあたりで体系づけられれば理解が進むだろうか。Gジェネとか。

10月 8, 2012
tronmc

ガンダムAGE キオ編・三世代編の感想 ブレる親父とブレない爺

三世代編からのキオの主張はいまひとつ地に足がついていない印象だったが、主張がどこか空々しいのはアセムも同じで(そこまでたいした主張もなかったが)、両者の戦力を削るという方向性に対し、それに徹していたとは見えず、連邦、もしくは親子びいきにも。
そういう行動も、両者の強大すぎない均衡を保つためのことだったのだろうか?
そういう観点だと、実はAGE-3の鹵獲で、ヴェイガン側にパワーバランスが傾くことを危惧したのかも?なんて想像もできるが、それはそれで、有効利用できなかったヴェイガンはアセムに謝れ、データ渡したキオもアセムに謝れ。

アセムは、アセム編での経験に因らずに行動原理を構築したが、アセム編が生きないというのも、見ている側としては複雑な気持ちだ。
結局アセム編は、伏線と言うのもおこがましいような、壮大なネタふりでしかなかったように見える。
アセムがXラウンダー能力で勝るゼハートに打ち勝つ場面は、人生経験と人間力の差を思わせ、アセム編あってのものだと感じられるが、それ以外何かあったかっていうと、オブライトが家だから、とMSデッキを掃除しているくらいなような。物語としては、そういうことと、世界観くらいしか影響を与えていないように見える。

なんでもかんでもバックボーンを求めるのはよろしくないとは思えども、「人間の感情などとうに捨て」たと言うゼハートに「人が人であるためのエデン」と説くところも、どうしてこの人がこういうことを言っているのか、腑に落ちない感じがあった。

ブレまくりに見えたアセムと対照的に、フリットのブレないことブレないこと。キオ編序盤こそいい爺という映りだったが、次第にエスカレートしたヴェイガンへの敵意を見せる。
子や孫と意見をぶつかり合い、こういう流れであればいつユリンが出るかと楽しみにしていたが、最後までおあずけ。フリットは考えを改め、謎の求心力で両軍をセカンドムーンの救助という方向でまとめ上げてしまった。本当になんだったのだろう、アレは。Xラウンダーの能力を使うならまだしも、言葉だけでああなろうとは。

なんにせよ、この人だけは一貫したキャラクターとして見ることができ、感情移入とまではいかないけれども、違和感なく見ることができたな、と思う。
善悪の判断は難しいけれど、悪役としても筋が通っているのは事実だと思うし…。

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