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10月 8, 2012
tronmc

ガンダムAGE キオ編・三世代編の感想 かわいそうなゼハート

AGEの中で最も陰惨なシーンだと思ったのは、ゼハートが死者に触れて追い詰められる場面。見下され笑われるビジョンが残酷だ。

直前のフラムの遺言シーンや、フリットの改心が交感で、これはゼハートの妄想でしかないのでは、と見るのは都合が良すぎるだろうか。
仮に交感だとしても、全員なんたる性格の悪さか!イゼルカント様のふるいにかけられてても仕方ない。そりゃ死ぬよあんたら。
妄想だとしたら。かつて、死んだ兵の名を知っているか?とフラムにのたまわったゼハートだが、そこに信頼や尊厳はなかったということでは。 案外、いつ追い落とされるのか怯えながら将をやっていたりしたのだろうか。
彼の周りにはけっこう忠義に厚いいいやつらが多かったように思えるけれど、兵士として前線に出る人たちなどでは、勝手な人間も多かった。(その代わり死んでしまう名有りも多かった)

ありふれた人間としての幸せへの憧れを吐露して最期を迎えるが、これはヴェイガンという組織をまるっと代弁したものなのかもしれない。
そもそもの話として、マーズレイに脅かされることがなければ、彼らは戦争することもなかったかもしれない。皆ありふれた幸せを手にできていたのかもしれない。(そういう可能性は高かったはず)

敵の方が様々な立場の人間がいて、物語性、厚みがあったように思う。
というか、ディーヴァ側のキャラがたいした活躍をしないだけ?
外見と名前が一致しない人も多かったけれど、これもそのうち他の媒体で見ていれば慣れるのかな?

10月 8, 2012
tronmc

ガンダムAGE キオ編・三世代編の感想 ドラゴンボールかい、と。

●余談

ディーヴァのフォトンブラスターキャノンを設計したり、最終的にマーズレイの克服にも使われたりして、結局何者なのか、今ひとつはっきりしなかったAGEシステム。 敗戦から学ぶシステムなんて言い方もあるようだけれど…マーズレイは負けか、そうか。。

ガンダム的には、最大の功績はFXを産み出したことじゃないだろうか。
Gガンダムはああいうものだからさておき、リアル系のガンダムにドラゴンボールのような戦闘をもたらした。片腕突き出して敵に突っ込んでいくというのは、今までのガンダムにはありえない姿だ。
ビット(Cファンネル)も刃型にし、格闘仕様の色が強い。

おそらく、AGEシステムにも、射撃兵器を作ってもロクなことにならないという学習、反省があったのではないだろうか。
ドッズライフルはウルフに取られ、あれほど強かったダブルバレットも干された。まぁまぁ、そこいらはコンセプトの問題ということでしょう。
問題はAGE-3以降で、シグマシスライフルはすぐに不足とされ、ブラスティアキャノンを作らされるが、無理矢理作成なので一射で爆散。フォートレスはまずまずの活躍をしたが、曲がるビームを撃てるという一見画期的な兵装、シグマシスロングキャノンを擁したオービタルはロクな活躍ができず、腹パンが最強だったという説も。
少なくとも間接的には関わっているであろうFXのダイダルバズーカですら、戦果もなく数分で被弾、放棄された。本当に射撃武器に関しては不遇なのだ。

冗談はさておき、ドラゴンボールといえば、戦闘に何話もかかって進展がよくわからない、かといって見逃すとなんだか損、という展開があるが、AGEの三世代編もそういう感じに近かった。で、なんとなく見づらい感じがした。
三世代編はルナベースとラ・グラミスの戦闘が主なところで、レギルスとダークハウンドによるシド戦のみ、ほぼ単発。なので、戦闘が割と冗長に感じられた。セルと魔人ブウが間髪入れずにやってくるような感じだ。
仕方ないといえば仕方ないのだが、前と比べると少しテンポが悪かったかな、と。
一つの戦場あたりのイベントが多いので、何がどうしてどうなった、と整理するのも一苦労。ゲームあたりで体系づけられれば理解が進むだろうか。Gジェネとか。

10月 8, 2012
tronmc

ガンダムAGE キオ編・三世代編の感想 ブレる親父とブレない爺

三世代編からのキオの主張はいまひとつ地に足がついていない印象だったが、主張がどこか空々しいのはアセムも同じで(そこまでたいした主張もなかったが)、両者の戦力を削るという方向性に対し、それに徹していたとは見えず、連邦、もしくは親子びいきにも。
そういう行動も、両者の強大すぎない均衡を保つためのことだったのだろうか?
そういう観点だと、実はAGE-3の鹵獲で、ヴェイガン側にパワーバランスが傾くことを危惧したのかも?なんて想像もできるが、それはそれで、有効利用できなかったヴェイガンはアセムに謝れ、データ渡したキオもアセムに謝れ。

アセムは、アセム編での経験に因らずに行動原理を構築したが、アセム編が生きないというのも、見ている側としては複雑な気持ちだ。
結局アセム編は、伏線と言うのもおこがましいような、壮大なネタふりでしかなかったように見える。
アセムがXラウンダー能力で勝るゼハートに打ち勝つ場面は、人生経験と人間力の差を思わせ、アセム編あってのものだと感じられるが、それ以外何かあったかっていうと、オブライトが家だから、とMSデッキを掃除しているくらいなような。物語としては、そういうことと、世界観くらいしか影響を与えていないように見える。

なんでもかんでもバックボーンを求めるのはよろしくないとは思えども、「人間の感情などとうに捨て」たと言うゼハートに「人が人であるためのエデン」と説くところも、どうしてこの人がこういうことを言っているのか、腑に落ちない感じがあった。

ブレまくりに見えたアセムと対照的に、フリットのブレないことブレないこと。キオ編序盤こそいい爺という映りだったが、次第にエスカレートしたヴェイガンへの敵意を見せる。
子や孫と意見をぶつかり合い、こういう流れであればいつユリンが出るかと楽しみにしていたが、最後までおあずけ。フリットは考えを改め、謎の求心力で両軍をセカンドムーンの救助という方向でまとめ上げてしまった。本当になんだったのだろう、アレは。Xラウンダーの能力を使うならまだしも、言葉だけでああなろうとは。

なんにせよ、この人だけは一貫したキャラクターとして見ることができ、感情移入とまではいかないけれども、違和感なく見ることができたな、と思う。
善悪の判断は難しいけれど、悪役としても筋が通っているのは事実だと思うし…。

10月 8, 2012
tronmc

ガンダムAGE キオ編・三世代編の感想 ガンダムのデータが安い!

●キオのボロ儲け

キオは、ルゥに渡す薬と引き替えにガンダムのデータをヴェイガンに渡したが、キオに反省を促すような結果にならず、大したことにならないのが引っかかった。

ガンダムレギルスという成果物はできあがったが、それ以外にヴェイガンが有効活用しているような描写はなかった。(そんなヴェイガンもヴェイガンで情けない)

ガンダムやAGEシステムは大事なもののはずで、であれば、引き替えにした報い、リスクがあるべきだと思う。その結果、AGE-3はレギルスに手ひどく痛めつけられるものの、敗因はキオの操縦にAGE-3がついていっていないことのように描かれる。

結果論ではあるが、レギルスが獅子奮迅の戦いっぷりで連邦の戦況に暗い影を落とす…なんてこともなくて、事実上、ノーリスクだったと言える。
そういう部分もルゥの存在や死を軽くしていて、キオの主張が空々しい理由の一つと言えないだろうか。

10月 8, 2012
tronmc

ガンダムAGE キオ編・三世代編の感想 死の捉え方が子供向け?

●いのちだいじに

キオ編終盤、キオはルゥ、つまりはヴェイガンの市井で出会った一民間人の少女…の死を目の当たりにし三世代編から変わっていく。
キオはヴェイガン憎しという考えを改め、戦場に対して、敵味方関係なく人が死なないことを求めていく。見ていて、まずそこに戸惑った。

因果関係が見えない(見えにくい)からだ。
因果関係というのは、例えば、飲酒運転で家族を亡くした人が、飲酒運転撲滅を訴えていく、というような話。「殺したくないのにー!」と言っていたことで比較されるキラ・ヤマト(ガンダムSEED)の場合も、戦争が原因での死に立ち会ったから、戦争での死を望まないと解釈して、これは因果関係だと納得する。そういうものがないのがないところで、キオに戸惑ってしまう。
だって、ルゥの死はマーズレイという病によるもので、結果、残された者(キオ)が求めるのも病に関することではないんだもの。よくよく考えてみれば戦争の遠因で、何か間接的にでも戦争が治療を邪魔したのでは、ということも(ぼんやりと)考えられるが、逆に言えばよくよく考えないとそういうことが見えない。それで、唐突だとか、説得力がないと感じてしまうのだ。

しかしながら、どんな成り行きでも、人一人の死を契機に、さらに大きな単位の命に向けて尊さや愛情を認識できる、訴えられるということは単純に素晴らしいことだろうし、死と距離を置く現代の我々も、割とそういうところがあるのではないかと思う。
だから、我々の自然な感情を反映して、人が死んだから悲しい、だから誰も死なないように…という原因と結果でしかなくて、それに沿ったという話以上でも以下でもないのかもしれない。
そういうストレートな部分がガンダムAGEが子供向けというゆえんなのかもしれない。
コストがかからないと、生き死にが受け入れられないのは健全じゃないのかもしれない。

そこで溜飲が下がらない、これだから子供向けって嫌だということであれば、ガンダムUCが当てられるのは理にかなっていて、きっちりと戦争を要因として、多様な人の生き死にが出てくるのが対照的だ。

ただ、じゃあなんでマーズレイなの、ルゥはああいう死に方をしたの、というのももっともだ。ヴェイガンの窮状を見せるということなのだろうけど…。

また、キオは死なないことを求めると同時に、ヴェイガンに対して僕たちはわかり合える!という語りかけも行う。これもガンダムっぽくて雰囲気はあるセリフだ。ルゥと心を通わせる(ていうか仲良くできただけにも見える)ことがができたからなのだろうが、これもまぁ、死なないことと同じようなものだ。

9月 25, 2012
tronmc

ガンダムAGE キオ編・三世代編の感想 表層的な話

(フリット編と比べて)だいぶ泥臭さが抜け、リアル系指向となったアセム編。
しかし、どこか間違っているフリットはアセムの踏み台とはならず、アセムもあくまでパイロットとして成長するのみ。心情、思想的な部分は自己実現に割かれ、世代を重ねて立ち向かう、戦争や物語に大局的な影響を与えることはなかった。
そんなアセム編は、キオ編の展望を全くもって読めないものとしていたが、逆に見えないからこそ、いったんリセットというか、良くも悪くも引きずらないで入ることができた。

 

●たのしかったキオへん

キオ編の序盤は、すぐに敵が迫ってきて、新世代のガンダムも出てきて、そして主人公、キオも強くて、なかなかに愉快痛快なロボットバトル娯楽になっていたと思う。
ウットビットとの衝突と和解とフォートレス換装、シャナルアのどうしようもなかった裏切り、宇宙海賊に属していたアセム等、熱い展開、悲しい顛末、大きな謎、と物語上のイベントもバランスよくつまめ、良かったと思う。
尺のせいか大味なところ等、いくつかの悪いところは、これまでの二世代でだいたい慣れたというか、お約束に感じてもいて、そういうことを加味すると「ガンダムAGE」という作品の中で、一番楽しんで見られたのがこのあたりだったと思う。

そういえば、オープニングでレギルスやダークハウンドのシルエットが見えて、だいたいの想像こそついたものの、こいつらは何なんだろう?どういう経緯で出てくるのだろう?というワクワクがあったのもこの時期。

だから、アセム編でやりそうでやらなかった(もとい、踏み込まなかった?)ヴェイガン側へのなびきは、そのままオミットしちゃってくれればと思ったけれど、さすがにそうは問屋が卸さなかった。
やはりガンダムというべきなのか、そこはきっちりと、主人公の戦う対象や意味の発見というかズラしというか…が行われた。これがキオ編終盤から三世代編。

 

●理解できない

三世代編はなし崩し…というか雪崩状態だったとも。
今まで以上に、隙間は多いのに、それについて考えられる余裕があまりなく、咀嚼する前にどんどん進んでいっちゃった。だから、何だったのかよくわからなかった。
キオ編はともかく、フリット編、アセム編はそれぞれの結の部分で、大まかにこういうものだ、と定義、まとめができたのだけれど、今回は本当にわからない!
フリットやアセムは、行き着くところに行き着いたのかもしれないけれど、結果論。

いろいろあるけれど、一番三世代編をわからなくしているのは、心変わりしたキオがどこに行こうとして、結局どこに行ったのかが見えなかったこと。大筋はわかるような気がするんだけれど、なんか腑に落ちない。落ちてこない。
戦場でも人を死なせぬよう戦っていく。
なぜ?というところは百歩譲る。流れからすると飛躍くさいが、とりあえず百歩譲る。
しかし、見ていてそれがよくできたという実感はない(描写不足?)。圧倒的な力でそれを行えるというわけでもなかった。
彼なりに力は尽くしているのだろうし、まずまず実績もあった(大きいところだと、セカンドムーンを守ったこととか)。
でも、徹頭徹尾それをやっているように見えず、中途半端な感じはぬぐえない。そこに対して、反省や葛藤もない。だから、思いつきで行動しているようにすら見えてしまう。
フラムやジラードといったボスクラスに対しては、僕らはわかりあえる、というさらに飛躍気味の説得が始まり、ただ攻撃の手を緩めてしまう。目的に沿った戦闘のポリシーができていない。だから頑張っているようにも見えにくい。

手探りも兼ねたとはいえ、御託を並べてしまった。
感情移入できない、の一言で片付けられるかもしれない。
キャラが立つようなものを見過ぎなのかもしれない。
考えても考えてもわからなくて、どこか違うところを掘ってしまう感じもして、キリがない。これはもう、しばらくはこうしてわからないままでいるんだろうなぁ、と思う。いつか、もっと客観視できるときが来ると思う。
そのときまで待つのが利口かな、と思った。

 

●終わった実感なし。

つまらないならつまらないで、一年間全部見た達成感があってもよさそう、というか大抵あるもんなんだけど、まだ終わった感じすらしない。それはわからないからでもあるし、あるいは長寿のギャグ漫画みたいにしょうもないから、そう思えないのかもしれない。
エピローグも短くて、ちゃんとケリがついた気がしない、というのもあるか?
………BSとかCSで見直すべきなんだろうか…?
自分で言うのもなんだけれど、割かし肯定的に捉えてきたので、ちょっと戸惑っている。
さしあたり、グランサがキット化されればいいな、というのが唯一ハッキリしている自分の気持ちだ。

7月 14, 2012
tronmc

MG AGE-1で気付いたアンテナ位置

20120714-000118.jpg

MG AGE-1を見ていて気付いたんだけど、頭のアンテナって、ひさしとはくっついてないんだな~。
どちらでも1パーツとはいえ、HGではここまで細かくはわからなかったなぁ。
MG買って良かった良かった。

4月 23, 2012
tronmc

ガンダムAGE アセム編の感想

フリット編の感想を書いたときは、偏屈親父と化したフリットが踏み台となり、アセム編がキラキラするもんだと思っていたが…ところがぎっちょん。まだまだフリットは踏み台に堕さず、息子のアセムが踏み台に堕す雰囲気に。何が起きてもおかしくない雰囲気こそあったものの、とにかく28話(アセム編最終話)が衝撃的に全てをかっさらっていった。

やはり短尺の中にいろいろ詰め込まれた印象。
敵が未知の状況からはじまったフリット編と比べると、双方の素性もそこそこ明らかになり、脱勧懲の戦争物…つまりガンダムらしさを志向したように見えた。しかし、それらしいこと(伏線というよりは、期待か?)を散々バラまいては散らかしまくったような格好になってしまった。最初はおもしろいんじゃないか?と思ったんだけどなぁ。

フリット編が終わったときは、次の世代への展望(期待?)を持つことができたが、それが外れたこともあり、今回は前情報を含めてもさっぱりどうなるか見えないぞ!
具体的な文句は続きから。

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4月 13, 2012
tronmc

エクストリームバーサスフルバーストの総括

まだ数えられる程度しかないけれど、稼働して一週間くらいというところで、エクストリームバーサスフルバーストを総括する。今後もゲーセンでぼちぼちやっていく予定だが、やることは8割方決まってしまったので、総括なのだ。

・F91

消費が増えたのか、(ゲームシステムとして)ゲージの総量が減ったのかわからないけれど、ブーストが足りなくて、飛び回るのは厳しい印象。前作よりストイックな雰囲気をだいたい理解。

 

・ダブルオークアンタ

サバーニャが最初から呼び出せる!すげぇ!(アレルヤは相変わらず。ご愁傷様です)
クアンタムバーストが格闘CSになった。知らずに開幕で使ってしまうとすごく恥ずかしいぞ!
バースト後も通常の格闘がある!すげぇ!?
一辺倒だった機体は順当に攻め手を増やしてあるのだな、と理解。

 

・スローネドライ

とても素晴らしく素晴らしい釘宮!
音ゲーではないがヘッドホンをつけてプレイしたいくらい素晴らしくネーナがしゃべりまくる!
好きでない人にはうるさそう。前作PS3版DLCのカテジナ以上。この一点において神ゲーと言っても過言ではない。
戦闘能力低いかと思いきや、意外なことにBRも格闘もそこそこで、デュナメスやプロヴィデンスくらいには自衛できそう。問題はアシストの兄兄ズ(サブ射撃、特殊射撃)のリロードがかなり遅いこと。どちらも3発あるけれど、ぽんぽん使っていると痛い目を見る。
できればCPU戦でじっくりくぎゅりたいところだが、CPU戦で使っても比較的役に立たないのが泣ける。

 

ということで、たまに台が開いてればゆっくりくぎゅって喜ぶゲームと認識しました。ゲーセンに行くモチベーションが上がりました。とても良いゲームですね!

3月 29, 2012
tronmc

エクストリームバーサスがやめられない

昨年末PS3版が出てから、エクストリームバーサス(エクバ)ばっかりやっている。下手すると今年ずっとやっていそうだ。

その前はその前でバーチャロンフォースばっかりやっていて、どちらも4人制の対戦ゲームなんだけれど、フォースは(使う機体にもよるが)一対一を前提に組み上げる感じが強いのに対して、エクバは連携に気を遣う要素が多い。
役割を分担し、演じるおもしろさもあって、幾分かネットゲーム寄りなものと言えるかもしれない。

どんな役割を演じていいけばいいか、という点についても、今作はデフォルトで気軽にネットワーク対戦ができるので、ゲーセンに行かなくても、どういうふうにプレイしていけばいいのか学びやすいのも良いところ。それによって、今までのシリーズよりゲームのおもしろさを理解しやすくなっているので、ゲーセンで尻込みしていた身でも入りやすく助かった。

 

しかしアレだ。
モンハン2ndGが一巡流行ったとき、「仕事中はロクすっぽ役割をこなせないくせに、ゲームになると嬉々として分担、分業をこなしていく者の多いこと。こはいかに」と友だちが嘆いていたのを思い出す。協力タイプのゲームとは縁遠い性格なので、そうだそうだ、と思っていたのだが、人間変われば変わるもの?
固定相方がいれば、より密に、柔軟に演技ができそうだなぁ、ということもわかる一方、相変わらずパーティープレイのようなものは気恥ずかしいので、「一夜限りのお付き合い」ばかりだったりする。それはそれで悪くないのだが、書くととりとめがなくなりそうなので、いずれ考えることにしたい。

 

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